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黄菊

その人にまた逢(あ)ふまでは、とても重苦しくて気骨(きぼね)の折れる人、もう滅多(めった)には逢ふまいと思ひます。さう思へばさば/\して別の事もなく普通の月日に戻り、毎日三時のお茶うけも待遠しいくらゐ待兼(まちか)ねて頂きます。人間の寿命に相応(ふさ)はしい、嫁入り、子育て、老先(おいさき)の段取りなぞ地道に考へてもそれを別に年寄り染みた老け込みやうとは自分でも覚えません。縫針の針孔(めど)に糸はたやすく通ります。畳ざはりが素足の裏にさら/\と気持よく触れます。黄菊(きぎく)などを買つて来て花器に活(い)けます。

欺瞞

 どうしたら、それが可能でしょうか。わたしの方法は、愛という観念を、あっち側から扱う方法です。人間らしくないすべての事情、人間らしくないすべての理窟とすべての欺瞞を憎みます。愛という感情が真実わたしたちの心に働いているとき、どうして漫画のように肥った両手をあわせて膝をつき、存在しもしない何かに向って上眼をつかっていられましょう。この社会にあっては条理にあわないことを、ないようにしてゆくこと。憎むべきものを凜然として憎むこと。その心の力がなくて、どこに愛が支えをもつでしょうか。

 愛という字は、こんなきたならしい扱いをうけていていいでしょうか。

 愛という字は、こんなきたならしい扱いをうけていていいでしょうか。
 愛という言葉をもったとき、人間の悲劇ははじまりました。人類愛という声がやかましく叫ばれるときほど、飢えや寒さや人情の刻薄がひどく、階級の対立は鋭く、非条理は横行します。
 わたしは、愛を愛します。ですから、このドロドロのなかに溺れている人間の愛をすくい出したいと思います。

愛ということばは

愛ということばは、いつから人間の社会に発生したものでしょう。愛という言葉をもつようになった時期に、人類はともかく一つの飛躍をとげたと思います。なぜなら、人間のほかの生きものは、愛の感覚によって行動しても、愛という言葉の表象によってまとめられた愛の観念はもっていませんから。
 更に、その愛という言葉が、人間同士の思いちがいや、だましあいの媒介物となったのは、いつの頃からでしょう。そして、愛という字が近代の偽善と自己欺瞞のシムボルのようになったのはいつの時代からでしょうか。三文文士がこの字で幼稚な読者をごまかし、説教壇からこの字を叫んで戦争を煽動し、最も軽薄な愛人たちが、彼等のさまざまなモメントに、愛を囁いて、一人一人男や女をだましています。

芸術家

 芸術家ハ、




イツモ、弱者ノ友デアッタ筈(はず)ナノニ。
 ちっとも秋に関係ない、そんな言葉まで、書かれてあるが、或いはこれも、「季節の思想」といったようなわけのものかも知れない。
 その他、
 農家。絵本。秋ト兵隊。秋ノ蚕(カイコ)。火事。ケムリ。オ寺。
 ごたごた一ぱい書かれてある。

Appendix

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herrokityii

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