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信長

 第一に気の付く点は、西鶴が、知識の世界の広さ、可能性の限界の不可測ということについて、かなりはっきりした自覚をもっていたと思われることである。この点もまたある意味において科学的であると云われなくはない。
 科学者は実証なき何物をも肯定しないと同時に、不可能であると実証されない何物の可能性をも否定してはならないはずである。尤も科学者の中には往々そういう大事な根本義を忘れて、自分の既得の知識だけでは決して不可能を証明することの出来ない事柄を自分の浅はかな独断から否定してしまって、あとでとんだ恥をかくという例もあえて稀有ではない。こうした独断的否定はむしろ往々にしていわゆる斯学(しがく)の権威と称せられまた自任する翰林院(かんりんいん)学者に多いのである。例えばダイナモの発明に際してある大家がその不可能を論じたにかかわらず電流が遠慮なく流れ出したのは有名な話である。また若い学士が申出したある可能現象の実験的検査をその先生の大家が一言の下に叱り飛ばしたのが、それから数年の後に国外の学者によってその若い学士によって予測された現象の実在が証明されたというようなことも適(たま)にはあるようである。
 しかるに、西鶴はその著書中にしばしば「世界の広さ」という言葉を繰返している。狭い国土の中に限られた経験だけから帰納して珍稀と思われるものの存在を否定してはいけないということを何遍となく唱えている。先ず『諸国咄』の序文に「世間の広き事国々を見めぐりてはなしの種をもとめぬ」とあって、湯泉に棲む魚や、大蕪菁(おおかぶら)、大竹、二百歳の比丘尼(びくに)等、色々の珍しいものが挙げてある。中には閻魔(えんま)の巾着(きんちゃく)、浦島の火打箱などといういかがわしいものもあるにはあるのである。また『諸国咄』の一項にも「おの/\広き世界を見ぬゆへ也」とあって、大蕪菜(おおかぶな)、大鮒(おおふな)、大山芋などを並べ「遠国を見ねば合点のゆかぬ物ぞかし」と駄目をおし、「むかし嵯峨(さが)のさくげん和尚の入唐(にっとう)あそばして後、信長公の御前(ごぜん)にての物語に、りやうじゆせんの御池の蓮葉(はちすば)は、およそ一枚が二間四方ほどひらきて、此かほる風心よく、此葉の上に昼寝して涼む人あると語りたまへば、信長笑わせ給へば、云々」とあり、和尚は信長の頭脳の偏狭を嘆いたとある。この大きな蓮(はす)の葉は多分ヴィクトリア・レジアの広葉を指すものと思われる。また『武道伝来記』には、ある武士が人魚を射とめたというのを意地悪の男がそれを偽りだという。それを第三者が批評して「貴殿広き世界を三百石の屋敷のうちに見らるゝ故なり。山海万里のうちに異風なる生類(しょうるい)の有まじき事に非ず」と云ったとしてある。その他にも『永代蔵』には「一生秤(はかり)の皿の中をまはり広き世界をしらぬ人こそ口惜(くちおし)けれ」とか「世界の広き事思ひしられぬ」とか「智恵の海広く」とか云っている。天晴(あっぱれ)天下の物知り顔をしているようで今日から見れば可笑(おか)しいかもしれないが、彼のこの心懸けは決して悪いことではないのである。
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